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伊賀一族として


最近、伊賀一族に、不名誉な事がありました。



詳細は申し上げませんが、この吉備の地において、伊賀氏は古くより、己が為、一族のため、地域のため、ひいては日の本のため、血と汗と泥にまみれ、名門としてその存在を誇示してきたはずです。

その祖先の栄光と労苦の歴史を現代の我々は風化させることなく未来につながなければなりません。
決して、泥を塗るようなことはあってはなりません。

気位ばかり高くてはダメです。
気品と五常の精神性を持ち、世のため人のために尽くせる存在であってほしい、と思います。


くれぐれも、伊賀氏一族として、虎倉城の末裔として、人に後ろ指さされるようなことなく、品位を持って、先祖の栄光を汚すことのないよう切にお願い申し上げます。
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藤沢城・大畑城

野楽人さま。ご無沙汰しております。
岡山県統合型GISを知って、地形図と文化財位置をプリントして20年ぶりに藤沢城に登ってみました。西の細い山道から入ると思ったより楽でした。山頂はかなり原型をとどめているようです。雑木の間から大山も見えました。尾根沿いに北に250mほど進むともう1つの頂に末裔の方の建てられた城址の碑がありました。こちらも土塁や堀切、土器片がありかなりの規模だったようです。GISによれば深い谷の向こう山も藤沢城とされており、1kmを越えるような城域だったのでしょうか?
大畑城は中心に道路が出来て電話の基地局鉄塔もあり、さらに重機道が山中にあり、かなり破壊されていました。ただし東の山頂平平坦部には石垣が残り、確かに城跡であることが確認できます。植林で眺望がきかないのが残念です。
以前教えて頂いたように、昔の人の自然の知識の豊かさや土木技術に驚かされます。
藤沢城の東尾根沿いに金毘羅様があります。神社の石垣にしては不自然に思いますが、城の一部だったのでしょうか?

No title

かきくけ工房様。
コメントありがとうございます。

ある程度の規模の城でありながら、非常にマイナーな存在ですので、もっと皆様にしっていただきたいですね。

よろしければ、是非この場へも登城寺のお写真等ございましたら、ご投稿いただければ幸いです。本文の方へ転載させていただき、より皆様けがおとずれてみよう、と思っていただけるきっかけになれば幸いです。

金川城

3月6日 金川城に登りました。
本丸井戸跡に!。北の丸の堀切に!!。備中松山城にも残っていないものが目の前に。整備や資料もすごい。御津町史には城の絵図が・・・。
井戸跡や堀切って規模が違いすぎます。
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