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鎌倉騒動(伊賀氏の変)

貞応三年八月二十九日  北条義時後室禅尼、政子の仰せによって「伊豆国北条郡に下向し、かの処に蟄居すべし」と泰時を悪み我が生みたる四郎政村を世にたてんとする科によるなり。伊賀式部丞光宗、信濃に配流せらる。
舎弟四郎左衛門尉朝行、同六郎右衛門尉光重等、相模守時盛、武蔵守時氏の預かりとして京都より直に鎮西に配流せらる。
嘉禄元年八月  伊賀四郎左衛門尉朝行、同六郎右衛門尉光重、厚免を蒙りて配所より帰参す。これ尼将軍政子のご追福によって恩赦を行わる処なり。その後も要職に復す。
嘉禄元年十二月 式部大夫光宗法師、法名光西、厚免を蒙り配所より帰参す。本領八か所これを返し賜るなり、以後要職にあり、度々の和歌会にのぞむ。

これは、北条義時が急死して後継者問題となった際、北条義時の後妻伊賀の局は実兄の伊賀光宗、三浦義村と図って実子の政村を執権に、娘婿の一条実雅を将軍にたてようと企てたというものです。これを、北条政子はいちはやく察知し北条泰時をたて対処落着をみたが、伊賀の局は伊豆へ、他は前述へ配流されました。後、許されて要職に還りさくが、所領五十二か所の内八か所のみとなりました。

北条九代記
 京都に飛脚を遣わされしば、相模守時房武蔵守泰時取るものも取り敢えず、六波羅をたって、貞応三年六月二十六日の晩景に鎌倉に下着あり、二位の禅尼対面あり、前の大膳太夫入道覚阿申しけるは世の安危人の疑うべき時なり。両人執権の議定あらば静謐すべし、早くその沙汰を御受け申し給へとあり。去んぬる十三日より今日に及びて、世上の巷説まちまちなり武蔵守泰時は弟等に打亡さるべき運命にて、京都を出でて下向せらるあさましき事をみんと風聞あり。元久二年より以来義時執権たること二十年に及べり、然るに義時後室は伊賀朝光が娘なり、此の後室の為、武蔵守泰時は継子にて当腹に政村を生みたりければ、後室は泰時を悪しまれ我が生みたる四郎政村を世にたてばやと常々思われたり、後室の弟伊賀式部丞光宗に心を合わせ三浦駿河前司義村を語らい、若君頼経公を押し退け、泰時を打殺し、義時が聟宰相中将藤原実雅卿を関東の将軍とし、政村を執権になし我が弟光宗に武家の成敗を致させばやとぞ思い企てらる。是によって、四郎政村の館の辺り物騒なり、されども泰時、少しも驚き騒ぎ給わず、二位の禅尼聞きつけて便を以て政村が館の騒動をぞ静められける。相模守時房の一男掃部助時盛武蔵守泰時の一男武蔵太郎時氏を京都に上洛せしめられたり、鎌倉中何とはしらず、近国の武士馳せ集まりて大名小名の家々に群参す、二位の禅尼安からず思い給い、七月十七日ひそかに駿河前司義村が家に入り給う。禅尼仰せける様前陸奥守義時の卒去につきて、武蔵守泰時鎌倉下向ありける所に、世の中静かならず、陸奥四郎政村、式部丞光宗等しきりに義村が家に出入りして密談の事あるの由、風聞す。若し、泰時を謀り参ぜん為か、義時忠勤の大功承久逆乱の治運干戈静謐せし、其跡を継ぎて関東の棟梁たるべき者は、武蔵守泰時なり誰かこれを争わんや、政村泰時の両人和平の諌を加えられるべし、政村を扶持して反逆を企てられば言語道断の事なるべし。斯く申すを用いらるべきか、用いまじべきか申しきるべし、とありければ義村申しけるは、陸奥四郎政村は全く逆心なし。式部丞光宗等は用意ありと覚え候。仰せの趣畏りて制禁を加え、候わん此の事遁避仕るまじと誓言を以て請合申す。二位禅尼必ず和平の事打置き給うなとて、御所にぞ帰り給う。夜明けて後、三浦義村は泰時の方へ参りけるに最殊となく出合いて、対面あり義村申されける様(中略)泰時政村御両所に付きて何れを疎かに存ずべき、只願う所は、両所御和平候えかし式部丞は日頃計略の事候か義村風諌致し候えば、漸く帰伏して候とぞ申しける。武蔵守泰時更に喜怒の色なく、我は政村に聊かも野心なし、何事によりて別意を致さるべきとぞ申されける、義村安堵して帰りける。
同年七月八日、二位禅尼の御前に相模守時房前大膳大夫入道覚阿関左近将監実忠参られて世上の事共御沙汰に及ぶ。禅尼仰せけるは光宗等が奸謀隠れなし、宰相中将実雅に於いては、卿相以上を左右なく罪科に処し難し、京都に於いて罪名を伺い奏すべし、陸奥守の後室並に光宗等は流刑たるべし。其の外の与党は罪科までもあるべからず、とこそ定められけれ。
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