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河原六郎右衛門 伊賀氏の臣となる(天文十七年 1549)

「出羽太郎より八代の胤河原次郎右衛門、帯刀兄弟二人共義輝公より虎倉城主伊賀殿に預けとなる、備前鍋谷城に在す。」と有漢河原氏系図にあるそうです。(私家本 虎倉城 伊賀氏一族より)
伊賀久隆に仕え重臣となったのは、将軍の意向によるものだそうです。
  備前軍記では
「河原孫右ヱ門は作州寺昌の城主、伊賀殿より寺畠の城を切り落とし、其の節、河原子、六郎右ヱ門並に帯刀二人共虎倉の下葉に罷成、則家老役仰付鍋谷の城御預被置候。」

永禄六年には、三者同盟によって伊賀氏の鍋谷城を去り、毛利氏に移り備中に住んだということです。
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