スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

和気天神山城落城の事

天正の初め頃、浦上宗景と宇喜多直家の間は、和平を取り繕いながらも、宗景は織田家と結んで宇喜多直家を討とうと思い、直家は、宗景を滅ぼして備前一円を手中に収めようと企てていました。しかし、直家は、主君を弑逆したのでは外聞も悪く、家来たちが自分に背くのを恐れ年月を送っていました。
そして、播磨の小塩に浦上清宗の子久松がいたのでこれを利用して浦上久松の名を借りて播州勢と称し、天神山城を攻め落としました。

この浦上氏滅亡によって、浦上氏の臣はほとんど宇喜多に従い、宇喜多と毛利は同盟関係にあったので、毛利氏の東上への播州路通路は拓け、毛利の東上が進行し始めました。
関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

カテゴリ
プロフィール

野楽人(のらくんど)

Author:野楽人(のらくんど)

最新記事
月別アーカイブ
最新トラックバック
最新コメント
TOEICボキャドリル

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。